2024年12月6日の雑記
金曜日だから、ななばけ、開いている!なんとか、閉店前にすべりこみ。ぶっちさんの焼くパンはいつも美味しい。週末のごほうびにいくつかパンを選ぶ。ななばけは、お酒も飲める。一杯飲んで帰ろうかと思ったけれど、胃腸の調子が悪いので、がまんした。あんぱんも見つけた。うれしい!ぶっちさんが「このあいだもヅカ会してたでしょ?わたし知ってるよ」とにやにやしながら調理場からでてきて、なんかかわいかった。誰かから聞いたみたい。ぶっちさんは一度だけ会に来たことがある。雪組のシティーハンターを観た日だった気がする。ぶっちさんはヅカファンではない。でも、またいっしょに観れるといいなぁ。
![]() |
昼休みは、noteの記事を読んでいた。新着記事の通知メールが届いていて、早く読みたかった。演出家上田久美子のnoteの記事「笈田ヨシに聞く ピーター・ブルック劇団 アフリカへの旅 ー普遍的な演劇を求めてー」。面白かったので、寝る前にも改めてじっくり読んだ。もともと上田さんのシラスのチャンネルで配信されていた企画で、今回文字起こしをしてくれたみたい。この配信は、みたいな〜と思いつつ、課金するか迷っていたものだった。ありがたい。上田さんはもともと、宝塚歌劇団の脚本・演出家だった。上田さんの作品は、ただ美しい、ただ面白いだけでなく、観終わった後のカタルシスがすごい。観客の感情を動かすのがうまい。いつも新作を楽しみにしていたので、退団された時はかなりショックだったが、いまはフリーランスで活動再開されて、作品作りのプロセスをオープンにしてくれている。これからどんな作品をつくられるのか楽しみ。今回のゲスト、笈田さんは、上田さんがフランスと日本を行き来されているなかで知りあい、仲良くされているとのこと。名俳優だ(わたしは、笈田さんがどういう方なのか全く知らなかった。ピーター・ブルックの劇団に所属されていたことも知らなかった)。笈田さんが劇団でアフリカの旅をされたときの体験談ほか、舞台や演劇にとって大切なこと、言葉とからだのつながり、文化とはなにか、表現することとはどういう行為なのかなど、表現者だけでなく、鑑賞者としても、その作品に触れる時にどれだけ深く自由にいることができるか、それができているのか、問いかけられているような内容だった。金言だらけだった〜。
「赤ん坊のときはすごく体が自由だけども、学校に行き出すと知性の発達によって体の自由を失っていく。知性なしでいいかって言ったらそれはだめで知性も必要だから、どうやってバランスをとるか。どうやって身体の自由を得ながら、しかも思考の発達がうまくいくかっていうことが大切なんではないかと思う。」
「やっぱり洗練されるということは自由を失っていくことなんじゃないかと思いますけどね。」
このことばはちょっと痛かった。首から上の、頭だけで考えた、文化やコンテクストなど、暗黙の了解に甘えた鑑賞態度や表現になっていないか、なっているかも、と思った。高校生のとき、初めてセザンヌの絵をみて感動したあの頃の自分と比べて、わたしは自由を失っていないだろうか。これからからだが衰えて行くなかで、知識だけは増えて行くだろうから、バランスを意識しないと、どんどん不自由に、面白くなくなっていくぞと、わたしも耳が痛かったです、上田さん。死ぬまで一生、芸術にふれて感動していたいのなら、わたしもなにか工夫していかないといけないと思う。

コメント