【2025年1月27日の雑記】京都批評イベント

あかりちゃんが卒業してからずっと無だった。無。無気力の無。先週は、文章を書こうと思っても、ことばがなかなかでてこず、まとまらない。おかしい、ブログをはじめてから、こんな状態になったことはなかった、これはあかんと思った。平日は、仕事から帰ってごはんを食べたあとはずっと寝ていた。この1ヶ月間の予定ふりかえると、休日にぎゅうぎゅうに予定をつめこみ、出かけ、動きつづけていた。とても疲れていた。『生成変化を乱したくなければ、動きすぎてはいけない。』(*1)わたしのことだよ・・・。

土曜日はまるネコ堂芸術祭の作業日だった。午前中は大阪中之島美術館のトークイベントにいくか、1日まるネコ堂で作業させてもらうか、どちらかにしようと思っていたが、それもやめて、家に引きこもって、環境整備とからだのメンテナンスをすることにした。からだを休め、創作に集中できる環境が必要だった。模様替えをした。この家には、たぶん、8年ほど住んでいるけれど、いままでで一番大掛かりな模様替えをした。環境は、とてもよくなった。後日、模様替えレビューをしたい。いいお部屋になったと思う。部屋ってめっちゃ大事なんやな。ただし、物置スペースはまだまだ混沌としている。散らかっている。次の休日も集中的に環境整備の時間をとろうかな。がんばる。

模様替え中、ゲンロンの京都批評イベントの関連配信をずっと聴き続けていた。先週、某SNSでは、批評がアツい状況になっていたが、そのきっかけになったトークイベント、『2025年に批評は存在できるのか?ー90年代生まれが見透す「これから」の論壇【ゲンロンカフェ出張版in京都】』ですな。面白くて、関連する一連のアーカイブ配信、すべて購入した。わたしは、批評とはなにか、観客とはなにか、全然よくわかっていないことがよくわかった。よって、この一連のアーカイブ配信は、かなり勉強になった。

特に、1月22日の東浩紀突発#163『批評とは何か、ひとり勝ちとは何か、そして「男子性」とは何か(関西の話もあるよ)』がすごくいい。批評の話も、後半の森脇さんと大澤さんとの反省会も面白かった。そして、この配信は、ゲンロン御一行の関西出張話もたくさんしてくれている。東さんのいう観光はハードツーリズムだった。宝塚大劇場にも公演を観に行かれたらしい。公演だけでなく、グッズ販売店のキャトルレーヴもしっかり調査(?)し、私設ファンクラブのチケット受け渡し場所、出待ち場所もチェック済みだった(上田洋子さんの導きにより)。公演の感想もかなり楽しかった。よし、これをふまえて『観光客の哲学』を読めばいいんやな!

たくさん楽しんだので、何気なく、京都批評イベントについてのラフな感想を某SNSで投稿したら、東さんをはじめ何人かにリポストされてしまった。わたしのアカウントは、千葉ロッテマリーンズやアイドルなどについて、「うおおおお」「やばい」「さいこう」「かなしい」「うれしい」「好き」など、オタク口調で意味のないことをひとりごつだけの、ただのキモい壁打ちアカウントだ(ぜったい探さないで)。いつもどおりひとりごちたら、あっという間にその投稿だけ10,000インプレッションついてしまった、壁打ちオタクアカウントの投稿なのに。しかし、ゲンロンのおかげで、上田久美子さんのお話が気軽に聞けるようになり、読みたい本が増えたり、批評について勉強できたり、とても恩恵をうけているので、観客にできることは、まずは率直な感想を世に放つことかなと思うので、これからもキモい壁打ちオタクアカウントから、簡単な感想であっても、放っていきたいと思います。



*1:千葉雅也『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』河出文庫、2017年、65-66頁





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