【2025年2月20日の雑記】「秘密」について

いまから購読ゼミのレジュメをつくるので、作業をはじめる前に書いている。今週は全然だめだ、全然、だめ!ガンダムの予習も、創作も、ほとんど進んでいない。日が暮れるとすぐ眠くなってしまう。とても眠い。いまも眠い。毎日雪が降って寒いからだ。寒い日は寝るしかないのだ。今日も早めに寝る!

ドラマ『秘密~THE TOP SECRET~』は第3話まで観たが、このまま毎週見続けるのはしんどいなぁと思い始めている。疲れてしまう。毎話毎話事件が起こるドラマはむいていないのかも。離脱かなあ。地上波ドラマは、医療もの、刑事もの、サスペンスものが多い気がする。もしかして、ドラマってそういうもんなのか?起こる出来事が多いものばかりだ。昔からそうだっけ。そんなもんだったかな。映画なら観れるのになあ。そもそも、連ドラがむいていないのかなあ。

原作の漫画『秘密−トップ・シークレット−』は、またどこかのタイミングでよみたいなぁと思っている。「秘密」ってなんだろうと考える。千葉さんの小説『デッドライン』の徳永先生のことばを思い出しながら考える。なんとなく誰にも言っていないこと、言えないことは誰にでもあると思うが、それは「秘密」なのだろうか。「秘密」になるには他者の存在が必要で、誰かと共有される必要があるのではないか。誰かの個人的な非公表の日記があったとして、それ自体はまだ「秘密」にはなっておらず、別の誰かが読んでしまったとき、そこではじめて「秘密」になるようなイメージ。共有されるから閉ざされる、または閉じている中で共有される物事。「秘密」は「近さ」の証。作中の、薪や青木が所属する“第九”という組織こそ「秘密」を生みだす場所だなあと考えていた。もうちょっとよく考えてみたいなあ。

   

早く春がきてほしいです!


コメント