【2025年2月26日の雑記】市原佐都子/Q『キティ』観た
ロームシアター京都で市原佐都子/Qの『キティ』を観た。はじめて市原さんの作品を観た。とても楽しみだったので、待ちきれず、観劇前に戯曲を読んだ。岸田國士戯曲賞受賞作、『バッコスの信女―ホルスタインの雌』も読んだ。グロテスクな世界なのに、ことばが身体になじむ不思議なかんじ。ちょっとだけ音読もしてみた。あんまり声に出したくない言葉の羅列でも、そのせりふがものすごく不快なことを表現していても、読むのが気持ちいいのだ。こういう経験をあまりしたことがなかった。
今回観劇した『キティ』は、ハローキティ二次創作SFダークファンタジー(ループもの)という印象の作品だった。この作品は、だれも発話しない。主人公のねこだけはAI音声でしゃべるのだが、韓国語・広東語・日本語が混じったちぐはぐの言葉になっている(日本語と英語のテロップが表示されるので意味はわかるようになっている)。そのうえ、主人公のねこは動きもちぐはぐでダンスみたいな動きをしている。ねこのペットはチャーミーという。チャーミーは猫だ。チャーミーが話す時は、にゃーにゃーという音声が流れ、翻訳したことばがテロップで流れる。ほかの登場人物は、無言でテロップもない(戯曲にはセリフが書かれていた)。なんで、主人公だけちぐはぐにしたのかな、とずっと考えながらみていたけれど、それは最後の展開でやっと意図がわかった、というか勝手に解釈しただけ。
どこにいっても性的な文脈に回収されてしまう、すべてはAVの世界の中、生活がすべて商品になってしまった地獄みたいな世界に絶望した主人公は、終盤、肉ニンゲン(殺された草食動物の肉でできた生き物)がつくりだしたユートピア、アップル星に移住する。その星での生活はアニメーションで表現されるのだが、そこはユートピアではなく、また別の地獄の世界だった(でも魅力的な世界だと思うひともいるかもしれない。わからない)。アップル星でも、人間たちは、肉を食べるのをやめられないので、自分のからだの肉を切りとり、わけあい、それを互いに食して喜ぶ。これが理想の世界だと喜び合う。アップル星は、地獄の外側ではない。劇中のある場面とリンクし、よりグロテスクにみえる仕様になっており、「わたしは地球にもアップル星にもいたくないよ・・・」と思いながら舞台をみていた。
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