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250503 芸術祭ふりかえり①

まるネコ堂芸術祭が終わったので、振り返りの文章をブログに残しておこうと思う。ほんとうは、ゲームをしたり延々とネットサーフィンしたり、だらだら過ごしたいところではあるけれど、書いておきたい気持ちがあるうちに、まとめられそうな内容から少しずつ書いていきたいと思う。さっきから、長い間パソコンの前に座っていているが、なかなか進まなくて、ゆっくりしか書けないけれど少しずつ。

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まずは、すゆみさん企画のワークショップについて。最終日に、出展者のすゆみさん主催のワークショップを行われるので参加した。自分の制作の仕方について発見があったし、これからの制作のヒントになりそうなこともあった。

どんなワークショップかというと、ピアノの生演奏を聴きながら絵を描き、絵を描くことが好きな人も苦手意識がある人も、上手いとか下手とか関係なく、創作の楽しさを体験してもらうような企画だった。演奏は芸術祭顧問の山本明日香さんが担当。画材は色鉛筆、クレヨン、パステルなど、自由に選ぶことができる。曲がはじまったら描き始める。1曲3分くらい、曲がおわったら、それぞれ自分の区切りのいいところまで描いて終了。描いたものについて、シェアする時間をはさみ、合計4枚分の絵を描いた。

   
こういう方法で描いたことがなかったので、自分の感覚や描き方について、気づくことがあって面白かった。まず、今回はじめてわかったのが、わたしは音楽を聴いても、情景も何も、全くイメージできないということだ。辛うじて、強いとか弱いとか、明るいとか暗いとか、雰囲気はぼんやりでてくる(たまに水があるかもくらいは思う)。でも、ほとんど手がかりにならないレベルのものだ。手が止まってしまい、何を描いたらいいかわからなくなってしまった。わたし、普段どうやって絵を描いているんだっけ、と思った。ただ、時間に制限があるので、進めないといけないから、無理やり適当に画材を選び、描き始めた。すると、色があっている、なんか違う気がする、と感じられるようになった。さっきまで何もイメージが浮かんでいなかったのに、紙の上に何か表れ始めると、感じることが増えてきた。次は、ここはこれくらいの薄さ、濃さ、となんとなく濃淡を描き分けていくことができるようになった。さらに進めていくと、ここは海かなぁとか、イメージが膨らんできた。イメージは自分の中にはなくて、外にあるかんじ(というかつくっていくかんじ)なんだな、と初めて気がついた。

画材との関係についても、気がつくことがあった。初めは色鉛筆で描いていたのだが、道具・からだ・イメージ(しかも見えていない)がばらばらになっている感覚になって、その違和感のほうにすごく気を取られてしまった。違和感にばかり気を取られていたら曲が終わってしまうので、気にしないようにしたけれど、難しかった。4曲目で画材を変えようと思い、クレヨン(透明クレヨンという水みたいにするする描けるクレヨンが準備されていた)と色鉛筆を併用するようにしたら、描きやすくなった。道具が変われば描くものが変わるかんじをはじめて体感することができた。意外に神経質だということもわかった。

フィードバックの時間も面白かった。私以外の参加者のみなさんは、まずはじめに具体的なイメージが湧き、それをもとに絵を描いていたようだった。紙いっぱいに絵を描いていて、気持ちよさそうで楽しそうだなと思った。もちろん、はじめからイメージが湧く人も、描いていくプロセスの中でイメージがより明確になったり変化したりということが起こるのだと思うが、自分はほぼなんもないところから始める(しかもよくわからない状態がずっと続く)から、ちょっとうらやましいなとも思った。

音楽の有無に限らず、わたしは、頭の中でイメージ・情景を浮かべることがそもそも苦手なんだと思う。だから、想像しながら絵を描いたり文章を書いたりすることに対して苦手意識がある。それは技術の問題だとずっと思っていたけれど、たぶんそれだけではなくて、イメージの想起の仕方の問題のような気がする。わたしの場合は、イメージは自分の外にあるみたいだから、方法を工夫すれば、なにか作れるのかもしれない。フィクションの文章も書けるかもしれない、と思った。ちょっと希望がもてて嬉しかった。

   












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