250609

もともと子供と接することに対して苦手意識が強かった。子供に囲まれると非常に緊張し、怖くなるようなタイプだった。大谷家の子供たちやお友達と接するようになり、かなり緩和したと思う。楽しいし。子供たちと接するとき、わたしが遊んでもらっているようなもんだなと思うときがある。

しかし、この苦手意識がいつからあったのか、思い出せない。一時期、わたしみたいな愚かな人間が親になるなんて恐ろしいし到底無理だと強く思っていた時期もあったが、そんなことは最近はほとんど考えなくなった。なんであんなに自分のことを呪っていたのだろうと思う。いつの間にか知らないうちに考えは変わっている。そして前の自分を忘れてしまう。昔のことを思い出してもその記憶が正しいかどうかなんて証明はできない。いまどう捉えているかということが大切で、それしか信頼できない。

思い出が重いことを先日ブログにも書いたが、その思い出も自分が都合よく捏造している部分もあるわけだし、重く感じる必要はないのにな、と思う。思い出は不確かで夢みたいなものだ。懐かしむ気持ち、ノスタルジーも幻想でしかない。不確かさをもう少し楽しめたらいいのに。不確かなことが、寂しいのだろうか。だから重いのか。

しおりちゃんが絵本をつくってくれないかと連絡してきてくれた。しおりちゃんの子供が生まれたら、いつか、親子でいっしょに読む本。びっくりしたけれど、すごく嬉しかった。子供の世界から程遠い自分なんかに絵本がつくれるのだろうかという考えが一瞬頭をよぎったが、それも呪いみたいなもんだろう。マンガに対しても似たような呪いを自分にかけている。マンガも描いてみたいと思っていたので、同時に進めてみようかな。なんでも、やりたいことはやろう。(しかし、絵本ってどうやってつくるのだろう。)

ふと、保育園の時の自分のことを思い出した。あの頃、自分も子供なのに、周りの子供とどう接していいかわからず、クラスにうまく馴染めなかった。大人と話すほうが楽だったような。でも、これも不確かな記憶だ。子供の頃から社会生活に苦労していたのは確かで、そんなこともあったのかもしれないけれど、わからない。いま、昔に比べると少しは社会生活を上手くやれているし、それでいいね。






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