250613 

歯医者の日。穴を塞いでいた白い詰め物をとり消毒。次回の治療までそのままの状態をキープ、膿を出し切るとのこと。鏡をみたら、奥歯に大きな穴があいていた。ダムみたいな形になっていた。もうこの歯は永遠に元にもどることはないんだな、と思うと悲しい。最近、コミックデイズのアプリで菅野カランさんの『オッドスピン』という漫画を読みはじめた。双子の姉妹が地面師(詐欺師)になるクライムサスペンス。第3話でちょっと変な歯医者が登場する。彼は主人公に歯のケアを怠るなと猛烈に説教をする。主人公の歯の治療中、彼はこんなことをいう。「忙しい…?歯のクリーニングより大事なことがこの世に幾つあります…?」「歯ってね、もう生えてこないんですよ」「ダメになっちゃったらそれまでなんです」「もう二度と手に入らないんです」猛烈に説教するので、自分が言われているみたいな気持ちになった。ちょっと落ち込んだ。

治療のあと、駅前の某ショッピングセンターの中にある本屋に寄って帰った。さびれたショッピングセンター。このまちの姿だ。いじらしい姿。この場所を拠り所にしているひとがこのまちにはたくさんいる。わたしも助かっている。小さな本屋が入っているからだ。ラインナップは充実していないが、大学生が住んでいるまちだからか、マニアックな専門書が並んでいることもある。選書コーナーもあって、たまに気になる本が並んでいることもある。細々と営まれている本屋。わたしは、雑誌を見にいくことが多い。表紙を眺めるだけでもいい。気分転換をしにいく。文芸書のコーナーに行ったら、新潮の最新号が置いてあった。目次を確認する。山下澄人さんが町田康さんの『俺の文章修行』について書評を書いていた。立ち読みするか迷う。いつも迷う。立ち読みは後ろめたい。ふと棚の端を見たら、老眼鏡が2本ほど置いてあった。「ご自由にお使いください」と手書きで貼り紙が貼ってあった。今まで気づかなかった。立ち読みしてもいい、ということなんだろう、たぶん。たまにこの本屋でも本を買うようにしているからいいですよね。ページをそっと開く。

町田康さんの作品は、最近3冊ほど買った。読んだことがなかった。うち2冊は古本市で買ったのだが、立ち読みしていたらどちらも冒頭部分から面白くて、思わず買って帰った。本棚にて、大量の待機本とともに待機中。こうやって本のことを書いていると、まるで読書家みたいだなと気まずい気持ちになる。わたしは読書家でもないのに本をたくさん買ってしまうただのお買い物好きの強欲な人間なんですよ。家に未読の本がたくさんあると、なんか嬉しいのだ。本がものとして側にあるだけで強い。これは、歯のクリーニングより大事なことだ(とは、大声では言えない。歯も大切にする)。『俺の文章修行』もとても気になっている本だ。山下さんがどんなことを書いているのか気になった。立ち読みなのでサラッと読んだ。山下さんは町田さんのこの本を、殺し屋が人殺しの仕方を説明している本に例えて説明していた。最初から最後までずっと面白かった。でもこうやって書いている今、記憶が朧げだ。わたしは、1回読んだだけでは論点の整理ができない。数回読み返してやっと少しだけわかる。読むのが得意ではない。でも読んでいる時間は楽しい。今回も、立ち読みですんなり飲み込むことはできなかった。ただ、町田さんのこの本は、それでも文章を書きつづける気は本当にありますか?ということを問うような本なのかなと思った。書かない人生のほうが、幸せかもしれないよ、ということでもある。








コメント