250626

山下澄人さんの2025年6月2日のXの投稿。


打ち上げで「毎日書くにはどうしたらいいですか?」という人がいたから話したことをシェアします。毎日書くには毎日書くこと。書けなかろうと気分がどうだろうとカミが降りてこようと眉毛ひとつ動かさずに自分の体力と相談して、毎日やる。日曜休んだら月曜2日分書く

6月1日に、京都で保坂さんと山下さんの対談イベントがあったのだが、わたしは行くことができなかった。惜しいことをしたが、行けるような体力がなかった。予約もしそびれた。打ち上げってどんな雰囲気なんだろう。誰でも参加できますよというアナウンスがあった。昔、一度だけ保坂さんの講演会に行ったが、そのときもそうだった気がする。

いま佐々木敦さんの『「書くこと」の哲学』も読んでいるので、まだ序盤の部分しか読めていないけれど、「書くこと」や「書かないこと」や「書けないこと」についてぼんやり考えている、まではいえないけれど、頭の中にあって、気にしている。

みんな毎日書きたいんだな。わたしもそう思う。「毎日」欠かさず取り組む、というのは、なんだかいいかんじがする。でも、習慣的に、とにかく「毎日」取り組めばそれでいい、ということもないだろう。「毎日」の先にあるのは日常か。書くことが当たり前の日常になってほしい、そういうふうになりたい、という気持ちなのだろうか、少なくとも、わたしは。

いまここに書いている、これくらいの短い文章でも、「毎日」書けば、なにかわかることや変わることがあるのかな。ということが、今もとても眠くて、うとうとしながら文章を入力しているようなわたしにできるのかは知らん。でも、山下さんのことばを読んでいると、「毎日」書きたいなら書けばいい、それだけのことなのだろう。書きたいかどうかなのだろう。書いている時間は楽しい。短文でも短時間でも何か書く時間をつくってたり、「毎日」とはいかなくても、もう少し投稿を増やすか、と考えている。ただ、以前も取り組みかけたがうまくいかなかった。









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