250720
絵本や漫画をつくるためにノートに落書きをしながら考えてみているけれど、難しい。すなおに取り組みたい自分にストップをかける呪いみたいなものがあり、よく効いていて、困る。試行錯誤中。漫画は少しやりかたが見えてきた気がするけど、絵本は、とくに難しい。距離があるかんじ、というか、勝手に距離があるとかんじている、その距離をうめたほうがいいので、絵本を読むことからはじめてみる。楽しい絵本をつくりたい。でも、絵本、まじでなにを読んでいいかわからない。図書館にいったり、本屋にいったりするたびに、この世に絵本が多すぎてなにから触れていいかわからん…という気持ちになる。自分の子どものころからあるベストセラー絵本に触れたほうがいいんだろうなと思ったり、自分の好きな絵本がみつかるといいなと思ったり、とにかくなんもわからんからいろんなものと出会ってみたいと思う。
「絵本と仲良くなりたいひと」のブログをよんで、紹介されている絵本を、先日、図書館で借りてきた。月一で絵本を紹介してくれるみたい。絵本をよんだ感想は、コメントを残したり、本人に連絡して伝えようかなと思ったけれど、なんか恥ずかしくて、結局、自分のブログに書く。この投稿を見るかもしれないし、見ないかもしれないし、わからないけれど、楽しく読んだので、記録をのこしておきます。
今月紹介された絵本は『あかにんじゃ』と『ボクサー』だった。ブログには、どんな性質の本か説明とともに、面白さが伝わるように、これから絵本を読む人が自由に読めるように、自分が読んで考えたことを踏まえて、気を配って書いてくれている。コンパクトにまとめられた楽しい文章だった。
わたしの感想を書く。
『あかにんじゃ』は、穂村弘さん作、木内達朗さん絵の絵本。赤い服を着た忍者ではなくて、全身が赤い忍者。かわいい。歴史物かな?とはじめは思った、忍者だし。侍と忍者が対峙するところからはじまるが、侍がみんな似た姿をしていて、なぜか全身真っ赤のあかにんじゃと、コピペ風の侍との対比がおもしろい。真っ赤なあかにんじゃはもはやシルエットなので、影みたい。あかにんじゃはピンチになると、いろんな姿に化ける。その様子を追っていくのが楽しいのだが、真っ赤なおじさん(および真っ赤なスポーツカー)に化けたときは、歴史物じゃなかったの?!いつの時代?!なぜおじさん?!肩透かしをくらった気分。白バイクのポリスまであらわれる。自由でたのしい。子どもにとっては、時代設定なんて、どうでもいいもんね。終盤、現代のまちを背景に、侍が住む城が高台の上にあることがわかるシーンがある。そもそも歴史物じゃなかったんだな。そうか、あかにんじゃは、高台から、こちらの日常におりてきたのか。もしかしたらわたしたちのまわりに、ひっそりかくれているかもしれないな、忍者だしな。
『ボクサー』はイランの絵本らしい。ハサン・ムーサヴィーさん作、愛甲恵子さん訳。とにかく絵がめっちゃすてき!好きなページをぱらぱら眺めるだけでも楽しい。表紙は、雪景色のなか、ボクサーがシャドーボクシングしている絵。作中でも雪のシーンはでてくる。イランに雪が降るって知らなかった。はじめはボクサーの手に意識がいく。シャドーボクシングしているシーンをみていると手がじつは顔なのでは、という気持ちになってくる、というのも、はじめはボクサーの顔がはっきりと描かれない。よくみると小さな頭(顔)がある。中盤でやっと、どんな顔かわかる。ボクサーにとって、打つことがすべて、なんだな。少し顔がみえて、打つことの意味をとらえなおしたボクサーの姿は、超人ではなく、イランのあるまちに住む、人との関わりあいのなかで生きる、ひとりの市民であるようにみえてくる。といっても、人と関わるシーンはほとんどないのだが、子どもにボクシングを教えるシーンで、そういうかんじにみえてくる。いまイランはアメリカ・イスラエルと緊迫した情勢が続いている。子どもたちがこの絵本を安心して読めるような場所はあるのだろうか。ニュースをさらっと流してみてしまっていた部分があったことを、恥ずかしいけれど、この絵本を通してはじめて気づいたのだった。
わたしの感想は、どこか、かたいかんじがする。もうすこし、やわらかく、絵本を読めるようになりたいな。
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