2025年8月 − 06
まるネコ堂芸術祭の雑談係ラジオ収録2回目。今回もわたしの気になるトピックを中心に話して、大谷さんに話を広げて行ってもらう流れになった。念の為、わたしのスマホでも録音しておいたので、それを聞きながら家に帰った。自分の話をかなり長い時間しゃべってしまい、たぶん編集で尺は調整してもらえると思うけれど、すごくわかりにくい内容をわかりにくい言葉選びで表現してしまい、こんなわたしの小話を聞いて誰が喜ぶのだろうか、つまんねーかもな、と思ったりしたが、自分のためにはなっているし、雑談のなかで気づいたことがたくさんあってすごく楽しい収録だった。楽しい雰囲気はでているだろうからそれでいいか、と思った。大谷さんが話し相手だから、なんとか成立できている収録でもある。わたしの小話をちゃんと拾ってくれて、ほんとうにたすかる。逆にわたしは、相手の話をちゃんと拾ったり広げたりすることはできない気がする。わたしもがんばろうな。
この日は絶賛夏休み中のあらちゃんと1日過ごし、リアルに夏休みを体感している人の時間が自分にも流れ込んでくるかんじがして、いま夏休みについて研究中(?)のわたしにとって、嬉しい1日だった。自分の過ごした夏休みについて思い出している。高校生のとき、美術部の合宿で三重にいったときに描いた絵が1枚、いまの自宅にある。リアル夏休みだった自分の時間がつまっている。合宿は7月にあって、そのあと続きを美術室で描いていた。たぶん毎日描いていた。絵をみると、あの無限の夏の日の感じを思い出す。
文章も、絵も、写真も、出来上がりをみて、あまりにも軟弱で心許ない気持ちになることがよくある(しかし作ったものに対する自己愛も強いのでとても複雑)。でも、つくっている時間は楽しいし、その時間に慰められる。出来上がったものが、他人に見せるのが恥ずかしいような図画工作的な素人作品であっても、制作の時間でかんじた喜びが、何事にも代え難い、どんな優れた作品にも触れられない自分の心の深いところまで届く時がある。それがとても不思議だなと最近思う。それがなかったら、高校生のときのわたしも、毎日絵を描くことはできなかったと思う。
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