2025年9月 − 02
仕事中、ささいなことで気持ちが沈んでしまい、今日は早々に寝ようと思ったが、注文していた本が届いたのでそれをずっと読んでいた。少しだけブログを書いて寝ようと思う。
先日の写真史ワークショップを経て、もっと写真を見てみたい写真家・写真集が一気に増えたが、写真集はどれもそれなりの値段がするから(作家の現像写真や絵を買うよりは安いのだけれど)ノリで買えない。今回買ったのは、マリオ・ジャコメッリの過去の展覧会の図録だ。ネットサーフィンをしていたら、2008年に東京都写真美術館で開催された展覧会の図録を手頃な値段で見つけたので、それだけは買っちゃおうかなと思って注文したのだった。
IMAの過去の記事を読んで気になっていた。
マリオ・ジャコメッリは、ハイコントラストな白と黒の画面で写真を表現する作家で、わたしがもともと知っていたのは、神学校の学生が踊る写真(今、東京都写真美術館のコレクション展「TOPコレクション トランスフィジカル」でも展示されている《自分の顔を撫でる手もない》)だけだった。
図録に掲載されている写真は、当時展覧会で展示されていた作品のほんの一部だけのようだが、初期作品から遺作まで、満遍なく掲載されていた。コントラストの強い白く飛んだ部分は、ファンタジーっぽさも、ぽっかり何かが欠けている虚無っぽさもある。黒は重石みたい。ホスピスの年老いた人たちの皮膚の皺と、樹木の年輪と、農村風景の曲線が同じに見える。空虚さと希望が隣り合う印象。死が写っている、ということなのかな。寂しいのか嬉しいのか、怖いのか楽しいのか、よくわからない気持ちになる。でも、不思議と癒される感覚もある。
図録は、表紙からも裏表紙からも読み始められるような仕様になっていて(本のそでの部分には《自分の顔を撫でる手もない》がプリントされていて、とても素敵)、時系列順に並んだ写真も、どちらから見るかで印象が変わる。わたしは裏表紙から読み始めて遺作から見ていくのが好きだと思った。遺作から見ていくと、序盤に、海を写した《夜が心を洗い流す》を見れるのがいい。そして終盤に、ホスピスを写した《死が訪れて君の眼に取って代わるだろう》を見れるのもいいなと思う。
古書販売店で購入したのだが、2008年の展覧会で配られていた(と思われる)出展作品リストも挟まっていた。嬉しい。どうやら当時、マリオ・ジャコメッリ自身が現像した写真も多数展示されていたようで、ああ、みたかったな~と思った。2008年、この頃のわたしは、写真に一ミリも興味を持っていなかった。時を戻して見に行きたいよ!と思った。
一番有名な、《自分の顔を撫でる手もない》シリーズが、とても良かった。
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