2025年10月 − 06

今週は仕事が終わってから、夜、ラジオ音源の編集を毎日やっていた。あんまり作業は進んでいないけれど、パソコンの前には座っていた。あっという間に金曜日になった。音源の編集は、いままで毎回大谷さんにお任せしていたが、なんとなく、わたしもやってみたほうがいいかもと思ったので、一度やらせてもらうことにした。収録された音源をよく聴いて、編集する作業がどういう作業なのか、知っておいた方がいいと思っていた。でも、うまくできる気がしないので、やりたい気持ちがあるのに、ちょっと気が重かった。失敗してもいいのにね。

まじで無理!と思ったらいいますね!と大谷さんにはあらかじめ伝えたけれど、わたしは絶対に無理といわないだろうと思いながらそう伝えた。無理だと思ったら引き受けない。気が重いくせに、自分もやれるかもと思っているところがあるのだ。上手い下手は別として、形にはできる気がしていたので、やってみたいのだ。やってみたいことは、できればやりたい。そうやって漫画を描きたいやら、絵本をつくりたいやら、写真を撮りたいやら、ただの欲張りになっているけれど、欲張るのが楽しいのだと思う。

そんな欲張りムーブではじめたラジオ音源の編集は、最初はカットする箇所が決められず、文字起しを何度も確認したり、音源を聴いたり、悩んだりしているうちに数日過ぎてしまった。いまカットしようとしているこの箇所は実はカットしたらダメな箇所なんじゃないか、とか、めっちゃ退屈に仕上がったどうしよう、とか、迷ってはじめは何も手がつかなかった。悩むのも疲れてきて、昨日あたりからバチバチ思い切ってカットし始めた。カットするの、楽しい。前髪を切る時と同じで、切り始めるとザクザク切ってしまって、はじめの想定よりも短くなってしまう、というのが、音源の編集でも起こりそう。

会話には流れがあるので、意味的には切りたいけれど、切ると繋がらなくなる、編集しづらくなる箇所があるので、意味を気にしつつも、リズムや流れを大切にする必要があるんだな、と思った。わたしは人が話し始めるときの一瞬の間が好きなので、ちょっとだけ残して編集できればいいけど、テンポよく会話が進んだ方が聴きやすいと思うので、難しければ今回はやめておこうと思う。音源の編集作業も、写真を並べてひとつのまとまりにする作業と似ているところがある気がする。何を撮りどの写真を選ぶか、ということとも似ているかも。音源は、視覚的に全体を捉えることができないので、はじめはすごくやりにくかった。普段、視覚情報をすごく頼りにしているんだな、と思った。音は目には見えないけれど、音源には波形があるので、流れをつかむのにうまく使えるといいなと思う。来週中には仕上げられるといいなあ。


   

    






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