2025年10月 − 07
最近写真集を収集しはじめたわたしが、初めて買った写真家の作品、写真集は、笠井爾示さんの『東京の恋人』だった。笠井さんがプライベートで撮影した女性たちのポートレートがおさめられている写真集。ヌードモデルやグラビア、アダルトビデオなどの仕事をしている女性たちも写っていて、ヌードの写真もたくさんある。笠井さんの写真の眼差しは、モデルとしっかり向き合いつつも、少し距離がある雰囲気がある。その距離は、遠い、というかんじではない。傷つけないように、傷つかないように、という距離というか、支配したりコントロールしようとしているかんじがない。自然や風景を見るように撮る、スナップショットみたいなポートレート。余計なことを考えず、ヌードを含め安心して見ることができて、綺麗だなあ、とか、切ないなあとか、作品の世界に入ることができる。裸であっても、そうでなくても、モデルの佇まいがちゃんと写っている。佇まいも、人それぞれの表現なんだな、と思う。
昨日は伏見の海宝寺に、笠井さんと吉高寧々さんの写真展、『#寧々密会』を観に行ってきた。吉高さんは普段アダルトビデオの仕事をされている方。今回の企画は、特設ページを立ち上げ、クラウドファンディングもされており、相当事務所が気合いをいれて挑んでいる企画というかんじがした。昨日が初日だった。吉高さんも笠井さんも在廊している日だった。初日だし、吉高さんのファンが多数いる中、自分はなんとなく浮く気がしていたが、まあいいやと思って行くことにした。
わたしが行ったのは夕暮れ時で、雨が降ってきたけれど、なんか嬉しかった。笠井さんの作品は雨が似合うと思っていた。
ヌードの写真は、室内の有料スペースに展示されていた。お寺の中に展示と知った時、全く想像がつかなかったけれど、展示空間に入った時、ものすごく感激した。写真が展示空間と一体になっていて、いま、わたしは写真の世界の中にいる!というかんじがした。組み合わさったものと一体になり、さらに存在感が増す、写真の不思議な魅力が現場に満ちていた。最高。
海宝寺の庭に裸で横たわる吉高さんを撮影した大きな写真が、有料スペースに入ってすぐ左手に展示されていた。ものすごく綺麗で、うわーーーと声が出そうになった。初めての撮影場所で、特殊なシチュエーションであっても、写真が、吉高さんの佇まいがすごくて、吉高さんの表現力も、笠井さんが切り取る瞬間もほんまにすごいと思った。すごいとか綺麗とか、凡庸なことばしか浮かんでこないけれど、とにかくすごかった。
女性のヌードのポートレートを見ている時、優しい気持ちになることがある。なぜこのかんじになるか、よくわからない。今回の展示もそういう気持ちになった。いまもその余韻がある。自分のなかの何かを手当てしているかんじがある。被写体や撮影者のエゴが剥き出しになったポートレートならば、そんな気持ちにはならないだろう。わたしが勝手に受け取っているだけかもしれないけれど、そう思う。
会場にはたくさん人がいたけれど、女性はわたしひとりだった。明らかに吉高さんファンじゃない、年齢不詳のサブカル女が食い入るように作品を見ているので、何人かスタッフの人に声をかけられた。そのうちの一人が、すごく綺麗な女性で(もしかしたら所属タレントの方なのかもしれない)年齢が近そうなお姉さんだった。すごく緊張してしまい、「笠井さんの作品は、本当に美しくて素敵ですねーーーー」と上擦った声で精一杯の感想を伝えた。綺麗な女性の前で馬鹿みたいに緊張してしまうのは子供のころからで、だから、好きなアイドルの握手会には一切行かなかったし、あるイベントであかりちゃん(綺城ひか理さん)を至近距離で見てしまったときの記憶は一部とんでいる。あまりにも内向的だな。
会期中にもう一度行きたいけれどいけるかな。
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