2025年12月 − 07
やりたいな、と思っていることを書いておく日。
誰が撮ったか誰が写っているかわからない古い誰かのプライベート写真を使って作品をつくる手法をファウンドフォト(Found Photography)というらしい。最近のわたしは、オンラインショップをのぞいてどの写真集を買うか検討するのが日課になっているのだけれど、いろんな写真集を調べているなかで初めて知った。わたしも古写真がほしい。夏に祖母の昔の写真を発見して、こっそり持ち帰ったのだけれど、わたしの知らない場所、知らない時間が自分の手元にあることにものすごく気持ちが高揚した。祖母には言っていない。伝えたら捨てて欲しいとかやめてくれと言われるかもしれないけれど、わたしはこの写真を手放す気はなく、いつかこれをつかって何か作ってみたいと思っていた。写真表現は自らカメラで撮ることだけが表現なのではなく、撮らずに誰かの写真を選ぶことも作品作りの範疇にあり、実際に古写真を使っていろんな面白い作品が作られていることに、とても嬉しくなった。どこの誰のものかわからない所在不明の写真。宙に浮いた時間。自分の知らない誰かの時間を覗き見る感覚もあり、悪趣味と言われればそうなのかもしれないが、それがとても魅力的にかんじる。ファウンドフォトで作られた写真集はまだ買ったことがないので、近々何か買ってみようと思う。ちなみに、母の若い頃の写真とか、祖父が撮った犬の写真とか、自分の子供の頃の写真とかも使って何かやってみたくて、家族の写真で何かつくってみることは、生きている間に絶対やっておきたい遊びだから、いつか、とか言っていたらあっという間に時間が過ぎてしまうし、やらないと。
古写真については、海外から購入できるサイトもいくつかあるみたいで、よさそうなサイトや写真があれば買ってみたい。春になったら、古本市や骨董市も覗きにいきたい。
写真表現の領域はとても広いので、写真ことを考えていると、とても楽しくて嬉しい気持ちになる。
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