2026年1月 − 08

物件の現地調査をしていたら、数メートル先、目の前の山の麓を猿が走っていった。わたしが立っている場所から2メートルほどすこし高い位置。わたしと猿の間にはフェンスがあった。上司はすこし離れたところで、道路の幅員を測っていた。すぐ振り返り、上司に向かって、わたしは言った。「いま、あっちに猿が走って行きましたよ、みましたか?」

むかし、祖父の家の畑でさつまいも掘りをしていたとき、すこし離れたところで5、6匹の猿の群れがこちらをみて威嚇してきたことがある。山に生きている猿を見たのはこの日がはじめてだった。動物園の猿とは、なんだか様子がちがった。群れのなかには子供の猿もいた。芋をねらっているように思った。小学生の時だったと思う。別の畑を隔てていて、すぐには来れないくらいの距離はあったが、こちらにきたらどうしようと、不安になった。

祖父は犬を連れて山に行くのが好きな人だった。猟銃を扱うことができる免許も持っていた。わたしはそれが嫌だった。銃を持って嬉々として山に行く祖父のことが嫌だった。冬場、軽トラに捕獲された猪や鹿が積まれているのを何度もみかけた。血まみれの死骸。わたしはいつも、それを見ないようにした。無意味に殺生しているように見えるときがあったから。

わたしは祖父の山に入ったことがない。階段を登ればすぐ山に行けたが、ぜったいに行きたくないと思っていた。誘われても行かなかった。山はこわいから。今もその気持ちが残っている。

漫画誌『民民』の1号が届いた。漫画家の永美太郎さんが編集長を務めている本。ZINEフェス限定で小規模に販売されると思っていたけれど、その後、数店舗の本屋で取り扱いが始まった。販売が始まったらオンラインですぐ買わなきゃと思っていたのに、うっかりしていた。販売開始から数日経っていて、売り切れているお店もあった。

買おうと思った1番の理由は、西村ツチカさんの新作マンガが載っていることだった。宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を漫画化したものだった。山の熊たちと、熊を狙う猟師の小十郎のお話。西村ツチカさんのブログでも、制作途中の絵が掲載されていて、気になっていた。

漫画、ものすごく、ものすごく良かった。山のことをイメージするときに湧き上がってくる、こわくて不安で寂しいあのかんじ(もっと適切なことばや表現がある気がするがどう言っていいかわからない)を思い起こすものだった。ゆっくり、読んだ。

読み終わって祖父のことを考えた。わたしが山のことを考えるとき、頭の中に祖父の姿が現れる。そういえば、山の中で祖父がどんなふうに過ごしていたか、誰か知っているひとはいるのだろうか。犬と一緒にどんなふうに過ごしていたのだろう。血まみれの動物たちと、銃を持った祖父。村の嫌われ者だった祖父にとって、数少ない生きる楽しみが、動物たちとの戯れだったのではないか、なんてことを考える。山があるから生きることができたのではないか、とも思う。あれは果たして、無意味な殺生だったのだろうか。

意味を考えるのは、人間だけ。わたしは山のことを何も知らないから、わからない。






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