2026年2月 − 07

写真集を買うために定期的にチェックしているオンラインショップがいくつかあり、その中のあるお店で、先週末あたりから、ある写真家の80年代~90年代の中古の写真集が続々とショップに掲載されはじめた。頻繁に見かけるものではないゆえに、値段もそれなりにして、うう…どうしよう、ほしいけど…と思っているうちに、ソールドアウトになってしまった。今日もまた別の作家の写真集が掲載されはじめた。こちらも欲しいもの揃いだが、かなりお高い。正直高くても、買えば必ず、買ってよかった!となるに決まっているのだが、この世にはそんな写真集が無限にあるので、躊躇しているときは買わない方がいいのだけれど(何が何でも欲しければ買うのだろうし)、いま目の前に買うことができるチャンスがあるから惜しい気がする。次に見かけたときは価格があがっているんだろうな~という貧しい考えも浮かんでしまう。そうやって、売れていく様子を眺めているだけになっている。

休みの日に、写真家のナン・ゴールディンのドキュメンタリー映画、『美と殺戮のすべて(※原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED)』(2022年)をみた。配信レンタルでみた。

ナン・ゴールディンの映画があるからみよう〜というくらいの軽い気持ちで見始めた。が、全然、気軽な映画ではなかった。彼女の個人史と、彼女が関わるP.A.I.Nというオピオイド関連の市民団体の活動を追ったドキュメンタリーだった。(オピオイドということばの意味を知らなかった。痛みを緩和する薬物の総称なんですね)。当時、団体は、製薬会社を経営するサックラー家を相手に、彼らが依存性の高い鎮痛剤を製造・販売し50万人以上の命を奪ったことに関する責任追及を行っていた。この一家は、美術館や大学、芸術活動に多額の寄付をするなど、慈善活動を行っていた。

ナンは正義感の強い人なのだろうか、思って見始めたが、すぐに、動機はそうじゃないことがわかってくる(そういう側面もあるかもしれないが、それが主軸ではない)。彼女自身が、この一家が経営する会社の鎮痛剤で中毒・依存に苦しんだ当事者でもあるし、自身の人生が、ずっと、暴力やドラッグのすぐそばにあり、それゆえに、彼女の表現自体が、もともと非常に政治的で、社会に隠蔽されてしまった、秘密にされてしまった人々の姿を捉えてきたことが映画を通して見えてくる。

実際に、ナン自身も、「私の作品はすべて、自殺、精神病、ジェンダーなど、スティグマ(特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、誤った認識や根拠のない認識)をテーマにしています」と語っている(パンフレットに記載あり)。映画でも、若くで自殺した姉や、エイズで亡くなった多くの友人たちについても触れられている。

これらの内容は、ウィキペディアにも詳細は記載されていることだが、映画内で、彼女の撮影した写真と、語ることばと、現在(2017年以降)の活動のようすが結びつくことで浮彫になる彼女の芸術家としての、表現者としてのあり方とその重さは、相当なものだった。映画の冒頭に、ナンが「人生を物語にするのは簡単。でも正しい記憶を保つのは、とても難しい」と語るシーンがあるのだが、美化したり、悲劇の物語にしたくなる記憶であっても、単純化せず正面から受け止めるのは簡単なことではない。自分自身と、被写体に対する誠実さがある。

映画もみたし、ずっとほしいと思いながらも買えていなかった、写真集『The Ballad of Sexual Dependency』をついに注文した!
わたしが買ったサイトは、海外取り寄せとなっていた。キャンセルになる可能性もあるみたいなので、ちゃんと届くと良いなあ。





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