2026年3月 − 09
久々に出社したら春になっていた。ウールのインナーが用無しの気候だった。
体調を崩して仕事を3日間休んだ。休日も含めて5日間の休養だった。休日の予定もキャンセルしたりリスケしてもらったり、悲しかったが、おかげでしっかり回復できた。今日は先輩たちに手伝ってもらいながら(わたしが休んでいる間もいろいろ対応してもらってとても助かった。会社ってありがたい)、お待たせしていたお客さんたちへのお返事や、事務処理をした。今週はきっとこんなかんじで1週間が過ぎていきそうだなと思った。
もともと虚弱なところがあるが、この1年は体調を崩しがち。今回、回復したら体の力が抜けて気持ちも楽になった。無駄な力を入れて日々を過ごしてしまっているんだなということを実感した。とくに制作について。最近は、大谷さんの絵本の写真の加工をずっとやっていたが、がんばったから良いものをつくることができるわけではないんだなということがよくわかった。んなこと当たり前だろうとあなたたちは思うかもしれません。わたしもわかっていたけれど、認められませんでした。がんばったから良いものをつくることができるわけではない、ということは、なんというか、自分の身の程を知るということでもあり、何より、良いかどうかを決めるのはわたしではない、ということを踏まえてつくることというか。どんなに拙いものでも、つくったものはわたしから離れていくわけだし。このがんばりは、自己満足と、自分の弱いところを隠したい、なにかの誤魔化しなのだった。
がんばったから急に上手くできるようになるわけでもないから、いまできることが限られていても、少しずつ、こんなことしかできないのかと思っても、こつこつやっていくことが大切なのに、それもがんばりが邪魔すると、とても難しくなると思った。短期的ながんばるパワーで見て見ぬふりをして切り抜けたくなるがそんなことでは続かない。無駄ながんばるパワーは、楽しく素晴らしい制作時間の邪魔にしかならないので、湧き上がってきたら、力を起こさないようにしたいです。(でも、作品をつくるための努力は大切で、その努力は自己満足のがんばるパワーではないなら一体何かと言われれば、感覚的にはこんなかんじかなと思うイメージはあるけど、まだよくわかっていない。環境とか相手とか、自分の外側にあるものとの結びつきの上での努力とか、もう少し開いたものなのかもしれない。)
いろいろ個人的反省しながらも、楽しく制作した大谷さんの絵本の写真は、過剰な描き込みにより、ほぼ絵みたいになった。絵の具を使って筆を使って絵を描くことが、すごく楽しくてすごく好きだったことを思い出せて、よかった。
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